すい臓がんの父 生きた最後の日

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2017年9月30日

この日は家の近くで大きなイベントが行われていました。

姉と私は子供たちを連れてイベント会場に出かけます。

いつもは父の話にすぐなり、すぐに会いに行く私達もその日はなぜか、父のことを思うことが無かったように思います。

母だけが病院にいき朝からずっとそばについていました。


母もお昼ごはんを食べ、父のもとにいってしばらく様子を見ていると心臓の音を示すモニターに変化が。



ナースコールを押しても誰も来てくれません。



きっと看護師さんも分かっていたのでしょう。それが最後であると。

ナースセンターにも父のモニターが置いてあり常に診ることができる状態でした。

いつもはナースコールを押すとすぐに駆けつけてくれる看護師さんも誰も来てくれません。

母は「え???え???」と思うばかり。


あれよあれよと思ううちに心臓が止まる。


すると看護師さんが部屋に入ってきて慌てふためく母をなだめてくれたそうです。

きっと最後の瞬間を家族で過ごすためにという配慮だったのかな。

父が亡くなった時間ぐらいに私達も病院に向かおうという話になりました。

携帯をみると母からのコールが何度も入っていました。


本当に不思議だったんですが、2人とも全く聞こえませんでした。


父が2人で過ごしたかったのだろうと言うことにしました。


病院につくと親戚もいました。

用事があって病院の近くにいて、病院に寄ったら、こんなことになっとった・・・と。

結局父の最後に立ち会えたのは母のみ。

私達姉妹は親不孝者ですかね。一番最後に病院に到着。



でも思ったことが、「やっと終わった」でした。


頑張ってきた父を見てきましたが、それ以上に辛く苦しんでいる父を見ていました。

だから止まった心音。父の安らかな顔をみて安堵した思いでした。

既にお医者さんも待機していて、呼びに行くと死亡確認をしてくれました。

父の枕元には胃液なのかな?緑色の物が少しついていました。


それからは、葬儀場に電話してお迎えがやってきます。

父は綺麗にしてもらって、真っ白な袋?に入れられて。



あぁ・・・本当にこんなことになるんだと。



病院とはよく出来たもので、白い袋に包まれた父を誰にも見られることなく、別の廊下を通って裏口にある車に乗せることが出来ました。


父を見送ってくれたお医者さん。

父が一番気にいっていた綺麗なナースさん。2人と談笑しながらの移動。


「お父さんも面白かった。よく笑わせてもらった。娘さんもその血を受け継いだんやね!」

自慢のお父さんに似とるって言われたよ!嬉しかったよ!

父の旅立ちは悲しくも、晴々した物でした。

家に帰ってからは父を布団に寝かせました。



子ども達はジィジが帰ってきた!とお喜び。

でも、もお起きてくれないんやで。と話すとしょんぼりしていましたが、でも帰りたがっていたことを知っていたので、しばらくするとでも良かった!家が良いやん!と嬉しそうにしていました。


ただ眠っているように見える父。

何度も何度も顔にかかった布をめくっては顔をみて「起きんくていいんか?」なんて声をかけたり。

起きて癌が消えるなら起きて欲しいな・・・


その日は父の横で眠りました。

家族を思って頑張り続けた父。

願っていた帰宅とは違ったけど、でも良く頑張った。よくやった!


父の死因は肺炎でした。


残念な結果にはなってしまったものの癌に負けないと戦った父は癌には負けませんでした!

最後まで強く、たくましい父はこれからも私達の自慢で、私達には父以上の自慢の父はいないと思います。

家に帰ってきた父。本当に眠っているようにしか見えません。

お葬式の日取りも決定し、もう少しあわただしい日が続きます。。。

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