すい臓癌 鎮静剤で動かなくなった父

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2017年9月29日

鎮静剤を打ってから肺炎になり、父は40度の熱を出しながら眠っている。

良く気が付き周りの事を率先して行っていた父ではあるが、私から見て父は凄く大きな存在でとても怖かった。

父が絶対的な存在で、怖くもあったがなんでも知っている父を凄く誇りに思っていたし尊敬していた。

父は病気になってから怒ることが多くなり、不機嫌になることも多かった様に思う。


暑い。寒い。体が痛い。不快感を訴え顔をゆがませる父が少しでも楽になるようにベッドを起したり、冷たいタオルを用意したり体を温めたりしていた。

そんな父の姿はどこにもなく、頭脇の下にぴっちりと氷枕を挟まれている。

いつもの父だったら、こんなん冷たすぎるわ。ここをもっと冷やしてくれ。なんて文句を言っていたと思うのに、喋ることもできない。

ただされるがまま、私達も何をしていいのか分からないので時折氷枕を外したり、体を拭いてあげたり・・・遂に足を動かすことも少なくなってきた。

ただずっとじっと眠っている。


亡くなる1週間前には点滴をしない方が楽であるというネットでの情報もみた。

父に鎮静剤を打つことを決めたのは私達。

父は痛みに苦しむ中で自分がどうなるのかはっきりとわからないまま薬を使用した。

医者は父に説明をしたが、「痛みがひどいから点滴で痛みをとりましょう」このような感じ。

その時からはずされた水分の点滴。

父は確実に死へと向かっています。薬を使用して4日。

酸素量、薬の量、尿の量には変化はなし。でも動きは確実になくなってきています。


動くこともなく、喋ることもない父。

ただ眠っているようにしか見えない姿に


起きて笑ってくれないかな・・・うっそぴょーん!っていつもみたいにおちゃらけて起きてくれないかな。なんて思いが強くなります。

子ども達は動かない父の様子を見て、「ジィジ治ったん?」と。

面会に行った時も苦しくなってしまう父を見ていたので、あまりにもスヤスヤ眠る姿にそう思ってしまったのだと。


いつもお見舞いに行くと子ども達は果物や飴を貰っていました。どんなにつらくても

「良く来たな!飴やろか~」って出してくれました。

起き上がれなくなっても、私に「そっから出してやってくれ」といって飴をくれました。


今は何も言えない父。

ジィジが飴用意してくれとるって!といって子ども達に渡すのは私の役目になってしまいました。


「ジィジありがとう!早く元気になってね!!!」

子ども達の無邪気な笑顔が言葉が胸にささります。ジィジはもう治らない。

確実に死は迫っている。


ジィジが喋ってくれないので子ども達はすぐに病室を出て待合室で遊びだします。面会時間も仕事が終わってから病院にいっていたので30分ほどしかありません。

夜も遅くなるので母と合流して夜ごはんを食べて帰ることも多くなりました。

後何回病院に来れるんだろう。


父の自宅に帰りたいという願いを叶えてあげることもできず、病院でただ死を待つ父。

大好きな父に何をしてあげられたのかな・・・

色んな事を教えてもらい、沢山遊んでもらったのに、何一つ親孝行をしないまま時が過ぎていく。

父のやせ細った手を握りながら、その暖かさに安心感をもらう。

また、私がしてもらってばっかり。。。


こんな娘でごめんね。

この日が一日過ごせた最後の日となりました。


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